今夜は9年前の真夜中に起きた事を思い出す。
家でのターミナルケアを望み、もう一切の治療を受け無いと言った亡き母。
日に日に弱って行く姿を、見せるなんて、その時はなんて残酷な事なんだろうと思った。
食事ができなくなり、栄養のドリンクを何とか飲ませ、いちご等を細かくして食べさせ、そしてそのうちに何も受けつけなくなった。
食事もお水さえも飲めなくなっても人は10日以上生き続ける。
身体の70%は水分。
その水分がどんどん抜けていく。
木が枯れるように。
痛み止はもはや効かなくなって、ホームドクターに処方された麻薬貼り薬を心臓近くに貼
る。
貼った後は必ず寝入りに手を洗って下さいと薬局で指導される程の貼薬。
3月6日の日はそれさえも効かなくなって、ドクターに電話し、座薬を三分の一入れた。
やっと痛い痛いと絞り出した声も聞こえなくなり、床についた。
いつもなら朝は5時前には目が覚め、横で眠る母の寝息を確認し安堵していたが、この日に限ってぐっすり寝込んでしまった。
朝6時過ぎに慌てて目を覚まして、「おはよう」と声をかけた。
何かが違う!慌てて脈を取り、心臓に耳を当て、愕然とした事を昨日の事のように覚えている。
「亡くなった、、、。」
でもその顔は苦しみから逃れた仏様の様に穏やかな顔だった。
今歳を重ねた自分は、人の亡くなる時、自分は何も出来ないのだと分かるようになった。と言うことは、自分が亡くなるときも、何もしてもらえないと言うこと。
だからこそ、今整えし自分と思う。
人の最後は呆気ない。
人の最後は重い。
人の最後は潔い。
今、生かされている事に感謝し、明日の命日に手を併せよう。
強い母の存在は、自分にとって何だったのだろうと今でも考える。